Mind

NPO法人Wunder ground(ワンダーグラウンド。以下”ワングラ”)は「いわきを遊び倒す!」をモットーに活動するアートマネジメントNPOです。スタッフの多くが三十代で、NPOの活動とは別にそれぞれが職と趣味を持ちながら、休日等を利用していわきの文化団体支援のほか、いわきの情報発信・共有、地域文化活性化に携わる人材育成の事業を展開しています。

団体設立のきっかけは、1998年に初代代表の島崎がいわき明星大学に入学してから地域研究サークルを発足したことと、それとほぼ同時期に高校時代の友人に誘われ、大学でできた友人と共に市内の社会人劇団の立ち上げスタッフとして参加したことによります。
地域研究サークルでは、サークルの顧問が市内のお寺に所蔵される聖教・典籍類の調査をされていたことから、サークルでもその調査に加わって古文書の虫干しや書誌カードを取る作業のお手伝いをしました。社会人劇団では、裏方として活動をしていました。サークル立ち上げから数年後に「いわきという“ワンダーランド”で“アンダーグラウンド”なことをする」という思いと、「イベントの裏方業務」という意味合いを名前に込めて「総合芸術企画・支援団ワンダーグラウンド」として活動するようになりました。
市内のアマチュア劇団の裏方支援のほか、声楽を趣味としていた友人の「人前で歌いたい」という夢を実現するためコンサートをプロデュースしたり、友人が構想していた劇を実現するため市内のアマチュア劇団による合同公演をプロデュースしたり、市内のパフォーマーを集めたフェスを企画・運営を行なうこともしました。ステージ照明やライブのVJなどの活動も行いつつ、同時期に 文化交流施設整備事業の一環としていわき市が主催した「市民アーティスト養成講座」を受講しており、そこで出会った受講生もメンバーに加わって、現在の構成メンバーの原型となりました。
そして2010年、現 副理事長からの提案で団体をNPO化することと決め、翌2011年に現在の名称でNPO化しました。

当初の構想では、いわきの埋もれてしまっている地域資源を照らしだす作業を小規模に展開する予定でした。しかし、東日本大震災が起きたことで、法人化一年目の事業は災害復旧活動になりました。
法人化二年目以降よりNPOとしての本来の活動を再開。演劇公演のプロデュースを行いました。三年目からは 福島藝術計画 × Art Support Tohoku – Tokyoの事務局として活動することとなりました。2014年度からは芸術祭「玄玄天」を開催するなど、アートマネジメントNPOとして活動していますが、そのような活動と平行していわきの歴史にも目を向け、戦国時代のいわきに実在したお姫様「久保姫」の知名度を向上させるプロジェクトや、地域の祭りの運営、モーターフェスの事務局など、アートの枠にとらわれることなく「いわきを盛り上げる」という視点から幅広く活動を支援しています。

個々の活動に目を向けてみましょう。一年目に行った災害復旧活動は、震災直後から各スタッフで情報収集・共有・発信を行い、3月25日に日本ユニバーサル研究機構の震災対策チームスタッフと会い、3日後の3月28日にスタッフでミーティングを行いました。そこで「今、いわきに必要なもの」を洗い出し、翌日に災害復旧HP 立ち上げ、更にその翌日である3月30日より倉庫を借りて災害復旧活動を開始しました。これだけスピーディに事が運べたのはスタッフ個々が持つ情報量の賜物だったと思います。
先に述べましたように、ワングラは全員が他に職を持っています。介護関係、建築関係、製造関係、公務員、衣料品店、照明家、産学官ネットワーク職員など多種多様です。それぞれのネットワークから情報を持ち寄りその時自分たちができる最善の方法を模索し、対応しました。

二年目に主に行ったのは、演劇のプロデュース公演でした。
劇作家のくらもちひろゆきさんが震災当日に、実際にいわきに来ようとしていた時に被災し、その時のことをモチーフに書いた演劇「震災タクシー」。この作品はいわきで公演されるべきものだという思いから実施しました。それと平行して、いわきの演劇人を育成するため、殺陣から裏方まで総合的にワークショップを実施したうえで本公演として実際にいわきアリオスを使って演劇公演を行う「いわき育演塾」を一年通して開講しました。これらはスタッフ全員が関わるのではなく、演劇に興味のあるスタッフのみが関わっています。スタッフはそれぞれに音楽や写真、演劇など多趣味なメンバーが多いため、それぞれが興味のあるものを企画することもあります。

2014年度からは、平市街を会場に、街なかで行う芸術祭「玄玄天」を開催していますが、こういった事業は、先ほど述べた職と趣味、総合的な知識と経験から成り立っています。
その他にも、2014年度は 災害復旧活動の体験から、文化芸術アートの視点で被災地のこれからを考える場として「マナ・ビバ」を開講し、今年度はそこで得た知識を元に下神白地区の復興公営住宅でのコミュニティ支援を展開しています。スタッフ個々の活動とチームとしての活動、それぞれが時に独自に、時に折り重なって、少ない人数ながらも大きな事業を進めることができています。

NPO化前に行っていた声楽のコンサートに始まり、演劇の公演、花火大会、モーターフェス…活動のほとんどは「イベントの開催・運営の仕方がわからない。でも熱意は人一倍ある」という方たちのサポートでした。そのため、私たちは自分たちの活動の範囲を厳しくは定義していません。また、私たちはNPOの活動によって生活を維持しているわけではないため、「自分たちにしかできないもの・こと、自分たちが楽しめるもの・こと」を基準に、「自分が見たいものをいわきで共有する」ために活動しています。
私たちスタッフは、“ワングラ”という緩い結びつきでつながっている状態です。社会人による部活動のようなつながりかもしれません。私たちの多くは三十代ですが、周囲の三十代以降(特に男性)の方々は、結婚や育児、仕事などによって家の周りや仕事以外の趣味的なつながりが希薄になりやすいように思います。例えどんなに忙しくとも、このような(社会人による部活動的な)関わりあい方ができる、いつでも輪に入れることを知ってもらうためにも私たちはこの活動を続けていこうと思っています。そして、活動を長く維持し広めていくために「一定水準をキープしつつ動き続け、記録に残していく」ことを念頭に置いて活動し続けたいと思っています。


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